

国政に送っていただき3期8年。
駅頭に立ち続け、地域を歩き、国民生活の切実な厳しさや政治への憤りなど敏感に感じながら活動を続けてきました。
直近の衆参選挙で少数与党となり、本予算は29年ぶりに、補正予算は戦後初めて修正され、野党の強い要求によってガソリン暫定税率廃止や103万円の壁の引き上げなど、政策実現を軸に、政治が大きく変わりはじめました。
日本は長らく経済成長が出来ずに、賃金が上がらず、非正規雇用や貯蓄ゼロ世帯、過労死や自殺者も依然多く、円安物価高で倒産の数も増え、国民生活も厳しくなっています。
失われた35年は、自民党による「古い政治」利権や既得権など中心に投資と分配する先を誤り、新たな産業も育たない。
そんな悪循環を本気で変えたいと思います。
「人やくらし」を大切にして、一人一人の「収入を増やし、負担を減らす」そんな経済政策が必要です。
経済の好循環、分厚い中間層をもう一度取り戻し、日本を新しいステージへ。私は挑戦し続けます。
駅頭に立ち続け、地域を歩き、国民生活の切実な厳しさや政治への憤りなど敏感に感じながら活動を続けてきました。
直近の衆参選挙で少数与党となり、本予算は29年ぶりに、補正予算は戦後初めて修正され、野党の強い要求によってガソリン暫定税率廃止や103万円の壁の引き上げなど、政策実現を軸に、政治が大きく変わりはじめました。
日本は長らく経済成長が出来ずに、賃金が上がらず、非正規雇用や貯蓄ゼロ世帯、過労死や自殺者も依然多く、円安物価高で倒産の数も増え、国民生活も厳しくなっています。
失われた35年は、自民党による「古い政治」利権や既得権など中心に投資と分配する先を誤り、新たな産業も育たない。
そんな悪循環を本気で変えたいと思います。
「人やくらし」を大切にして、一人一人の「収入を増やし、負担を減らす」そんな経済政策が必要です。
経済の好循環、分厚い中間層をもう一度取り戻し、日本を新しいステージへ。私は挑戦し続けます。


- 氏名
- 伊藤 俊輔(いとう しゅんすけ)
- 生年月日
- 1979年8月5日 町田市生まれ 町田市在住
- 略歴
-
富士幼稚園 卒園
私立桐蔭学園小・中・高・大 卒業
北京大学留学
中央大学経済学部国際経済学科卒業
会社起業・経営 元役員 - 経歴
-
第46回衆議院議員選挙に立候補
59,166票を得るも惜敗
東京選挙区の中で惜敗率1位
(あと635票で比例区復活当選の次点まで追い上げる)
第47回衆議院議員選挙に立候補
再び比例次点
第48回衆議院議員選挙に立候補
76,450票で初当選
第49回衆議院議員選挙に立候補
126,732票で2期目当選
第50回衆議院議員選挙に立候補
111,851票で3期目当選
〇党務役職
前・立憲民主党代表補佐・副幹事長・政調副会長・青年局長・都連選対委員長・常任幹事・企業団体交流委員会副委員長・外交推進本部幹事・防衛部門会議副部門長・国交部門会議副部門長・偽情報誤情報対策チーム事務局次長 〇所属委員会
議院運営委員会 / 国土交通委員会理事 〇主な所属議員連盟
日中友好議連 / 日本パプアニューギニア友好議連 / 障がい・難病政策推進議連 / UR住宅居住者を支援する議連 / 小田急多摩線延伸促進議連顧問 / タクシー政策議連 / 新体操連盟副会長 / 長野県人会連合会顧問 / 拉致議連 / 連合政策フォーラム議員 〇その他歴任実績
前党青年局長 / 前党副幹事長 / 元議運委理事 / 元安保委理事 / 前情報監視審査会筆頭幹事 / 法務委/政治倫理審査会 / 東日本大震災復興特別委員会総務委員会 / 原子力問題調査特別委員会 / 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会